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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)64号 判決

上告人 森田真次

被上告人 昭和税務署長

代理人 齊籐雄一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所得税法八三条及び八三条の二にいう「配偶者」は、納税義務者と法律上の婚姻関係にある者に限られると解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、右と異なる見解に立って原審の右判断における法令解釈の誤りを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種秀夫 園部逸夫 大野正男 尾崎行信 山口繁)

上告理由

一 憲法第八一条は裁判所に、「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する」違憲審査権を与えており、上告人は一貫して本人の受けた「処分」自体における違法性(平等権侵害)の審査をもとめてきた。すなわち、事実上の配偶者について配偶者及び配偶者特別控除を認めないとした被上告人による所得税更正の「処分」の違法性を主張してきた。ここで問題となるのは、右所得控除の制度における「配偶者」から事実上の配偶者を、条文上の明文規定がないにもかかわらず排除した国家行為が、配偶者及び配偶者特別控除の制度目的に対してはたして必要であり合理的関連性を有するかということであるが、配偶者及び配偶者特別控除の制度趣旨から勘案するに事実上の配偶者についても右制度の適用を認めるのが社会的に妥当であり制度目的の達成にも実効をもたらすものである。また、上告人は自己の人格的存立にかかわる強い信条から、事実婚主義を採っていたが、これは、婚姻届を提出しないという不作為によってのみ表現可能であったものであるが、この精神的自由を必然的に侵害するというかたちでの財産権の侵害についても、憲法上の解釈は緻密に行わなければならない。

二 第二審裁判所は合理性の基準をあまりに広く認定し、憲法の解釈に誤りを生じているほか、上告人の右主張に審理を尽くしておらず、理由不備と考える。第二審裁判所は、第四 当裁判所の判断として、「民法が婚姻の方式として届出を要するとすることは、……十分に合理性を有するものであって、所得税法がこれを前提として、……事実上の配偶者やその者との間の子を有する者に右所得控除を認めないとしても、……婚姻の方式に届出を要する制度をとった以上やむを得ない」と述べているが、ちなみに最高裁判所判決によれば、農林漁業団体職員共済組合法二四条一項の「配偶者」は「社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者」と解すべきである(最判昭五八・四・一四民集三七巻三号二七〇頁)としており、第二審裁判所が本件に関して示した「婚姻の方式に届出を要する制度をとった以上やむを得ない」との判断は裁判所の理由として採りえない。また、上告人は毎年の確定申告を通じ、妻及び第一子、第二子の扶養の事実を被上告人に知らしめてきたものであり、被上告人に対する公示の機能は全うできていたにもかかわらず、被上告人は不平等な取扱いである戸籍調査を行ってまで上告人を差別したものである。憲法第一四条に抵触するこのような手続き上の平等権侵害に関しても、原審は審理及び判断をしておらず、理由不備が認められる。

以上

【参考】第一審(名古屋地裁 平成七年(行ウ)第一二号 平成七年九月二七日判決)

主文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、平成五年一一月二六日付けでした原告の平成二年分ないし平成四年分の所得税の各更正のうち申告額を超える部分及び各過少申告加算税賦課決定(平成二年分については、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

一 争いのない事実

1 原告は、平成二年分の所得税について、平成三年三月一五日、確定申告をし、平成四年五月二二日、修正申告をした。修正申告の内容は、次のとおりである。

(一) 総所得金額   四七八万一〇四一円

(二) 所得控除の金額 二一六万二六四二円

(三) 課税所得金額  二六一万八〇〇〇円

(四) 税額      二六万一八〇〇円

2 被告は、平成五年一一月二六日付けで、原告の平成二年分の所得税について更正及び過少申告加算税賦課決定をした。その内容は、次のとおりである。

(一) 総所得金額   四七八万一〇四一円

(二) 所得控除金額  一四六万二六四二円

(三) 課税所得金額  三三一万八〇〇〇円

(四) 所得税額    三六万三六〇〇円

(五) 過少申告加算税額 一万円

3 原告は、平成五年一二月二四日、右更正及び過少申告加算税賦課決定について異議申立てをしたところ、これに対して平成六年二月九日にされた決定の内容は、次のとおりであった。

(一) 総所得金額   四七六万三〇四一円

(二) 所得控除金額  一四六万二六四二円

(三) 課税所得金額  三三〇万円

(四) 所得税額    三六万円

(五) 過少申告加算税額 九〇〇〇円

4 原告は、平成四年三月一六日、平成三年分の所得税について確定申告をした。その内容は、次のとおりである。

(一) 総所得金額   三五二万七四〇〇円

(二) 所得控除金額  二六七万一六八七円

(三) 課税所得金額  八五万五〇〇〇円

(四) 税額      八万五五〇〇円

5 被告は、平成五年一一月二六日付けで、原告の平成三年分の所得税について更正及び過少申告加算税賦課決定をした。その内容は、次のとおりである。

(一) 総所得金額   三五二万七四〇〇円

(二) 所得控除金額  一六二万一六八七円

(三) 課税所得金額  一九〇万五〇〇〇円

(四) 所得税額    一九万五〇〇円

(五) 過少申告加算税額 一万円

6 原告は、平成五年三月一五日、平成四年分の所得税について確定申告をした。その内容は、次のとおりである。

(一) 総所得金額   三八二万五〇〇〇円

(二) 所得控除金額  二四七万一五六三円

(三) 課税所得金額  一三五万三〇〇〇円

(四) 税額      一三万五三〇〇円

7 被告は、平成五年一一月二六日付けで、原告の平成四年分の所得税について更正及び過少申告加算税賦課決定をした。その内容は、次のとおりである。

(一) 総所得金額   三八二万五〇〇〇円

(二) 所得控除金額  一四二万一五六三円

(三) 課税所得金額  二四〇万三〇〇〇円

(四) 税額      二四万三〇〇円

(五) 過少申告加算税額 一万円

8 原告は、平成五年一二月二四日、右5及び7の各更正及び各過少申告加算税賦課決定について異議申立てをしたが、平成六年二月九日、右異議申立てはいずれも棄却された。

9 原告は、平成六年三月八日、右2、5及び7の各更正及び各過少申告加算税賦課決定について審査請求をしたが、同年一二月二〇日、右審査請求はいずれも棄却された。

10 原告と森田正愛(以下「正愛」という。)は、平成五年一二月三一日に婚姻の届出をした。また、原告は、平成三年二月一六日に正愛が出産した森田恵理(以下「恵理」という。)を、平成五年一二月九日に認知した。

二 争点

1 被告の主張

(一) 平成二年分

原告の平成二年分の所得金額、所得税額等は、次のとおりである。

〈1〉 総所得金額 四七六万三〇四一円

〈2〉 所得控除の額

ア 社会保険料控除  三六万二六四二円

イ 生命保険料控除  五万円

ウ 扶養控除     七〇万円

エ 基礎控除     三五万円

オ 合計       一四六万二六四二円

〈3〉 課税所得金額  三三〇万円

〈4〉 所得税額    三六万円

〈5〉 過少申告加算税額 九〇〇〇円

(二) 平成三年分

原告の平成三年分の所得金額、所得税額等は、次のとおりである。

〈1〉 総所得金額   三五二万七四〇〇円

〈2〉 所得控除の額

ア 社会保険料控除  二一万三八八一円

イ 生命保険料控除  五万円

ウ 扶養控除     七〇万円

エ 基礎控除     三五万円

オ 合計       一三一万三八八一円

〈3〉 課税所得金額  二二一万三〇〇〇円

〈4〉 所得税額    二二万一三〇〇円

〈5〉 過少申告加算税額 一万円

(三) 平成四年分

原告の平成四年分の所得金額、所得税額等は、次のとおりである。

〈1〉 総所得金額   三八二万五〇〇〇円

〈2〉 所得控除の額

ア 社会保険料控除  二〇万四二六三円

イ 生命保険料等控除 五万三〇〇〇円

ウ 扶養控除     八〇万円

エ 基礎控除     三五万円

オ 合計       一四〇万七二六三円

〈3〉 課税所得金額  二四一万七〇〇〇円

〈4〉 所得税額    二四万一七〇〇円

〈5〉 過少申告加算税額 一万円

2 原告の主張

(一) 配偶者控除及び配偶者特別控除

原告は、平成二年以前から、正愛と事実上の婚姻関係にあった。配偶者控除及び配偶者特別控除は、配偶者の所得に対する貢献や夫婦共稼ぎ世帯と夫婦の一方が所得を得ている世帯との税負担のバランスを考慮して創設されたものである。このような配偶者控除及び配偶者特別控除が設けられた趣旨からすると、婚姻の届出をしていない事実上の配偶者を有する者についても、配偶者控除及び配偶者特別控除をすべきであるから、原告の課税所得金額を算出するに当たっては、平成二年ないし平成四年の各年分について、各三五万円の配偶者控除及び配偶者特別控除をすべきである。

(二) 扶養控除

原告が恵理を認知した結果、恵理は、民法七八四条により、出生したときから原告の子であったことになった。また、原告は、恵理が出生したときから、実際に恵理を扶養していた。したがって、平成三年及び平成四年の各年分の課税所得金額を算出するに当たっては、恵理についての三五万円の扶養控除をすべきである。同人についての扶養控除を含めると、平成三年及び平成四年の各年分の扶養控除の額は、各一〇五万円となる。

(三) 医療費控除

正愛は、原告の事実上の配偶者であったから、平成三年分の課税所得金額を算出するに当たっては、正愛に係る医療費のうち一〇万円を超える二〇万一六〇六円について、医療費控除をすべきである。

(四) 社会保険料控除

正愛は、原告の事実上の配偶者であったから、課税所得金額を算出するに当たっては、平成三年及び平成四年の各年分について、正愛が負担すべき国民年金の額につき、社会保険料控除をすべきである。その額は、平成三年分が一〇万六二〇〇円、平成四年分が一一万四三〇〇円であり、それを含めると、平成三年及び平成四年の各年分の社会保険料控除の額は、平成三年分が三二万〇〇八一円、平成四年分が三一万八五六三円となる。

(五) 憲法違反及び国際人権規約違反

原告について右(一)ないし(四)の各所得控除を認めないことは、次のとおり、憲法及び国際人権規約に違反する。

〈1〉 憲法二四条は、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する(一項)、家族に関する事項に関しては法律は個人の尊厳に立脚して制定されなければならない(二項)と規定している。法律によって婚姻の方式として届出を要するとすることは、憲法二四条一項に違反する上、自己の信条により事実婚主義をとっている原告の個人の尊厳を侵すものであるから、憲法二四条二項にも違反する。

〈2〉 婚姻の届出をした配偶者やその者との間の子を有する者について配偶者や子に関する所得控除を認め、同様の生活を営んでいる婚姻の届出をしていない事実上の配偶者やその者との間の子を有する者に右所得控除を認めないことは、憲法一四条に違反する。また、婚姻の届出をしていない事実上の配偶者やその者との間の子を有する者に対して、同様の生活を営んでいる婚姻の届出をした配偶者やその者との間の子を有する者に比べて、苦しい生活を余儀なくさせるから、憲法二五条にも違反する。

〈3〉 国際人権規約(B規約)二三条一項は、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」と規定しているところ、この規定は、事実上の婚姻による家族であっても、これを保護する旨の規定と解すべきである。婚姻の届出をしていない事実上の配偶者やその者との間の子を有する者について、配偶者や子に関する所得控除を認めないことは、右規定に違反する。

3 被告の反論

(一) 配偶者控除及び配偶者特別控除は、一定の要件の下で、配偶者を有する者について認められるものであるところ、ここでいう「配偶者」とは、民法に規定する婚姻の届出をした配偶者を意味し、配偶者に該当するかどうかの判定は、基準日(各年の一二月三一日)の現況による。正愛は右基準日に配偶者ではないから、原告の平成二年ないし平成四年の各年分の課税所得金額の算出に当たって、これらの控除を認めることはできない。

(二) 扶養控除は、扶養親族を有する者について認められるものであるところ、ここでいう「親族」とは、民法上の親族を意味する。

民法七八四条の規定は、認知があったときは、子の出生のときから法的な親子関係があったとするのが自然であるとの身分法上の配慮から設けられたものであって、所得税法上においても、直ちに同様の遡及効が認められると解することはできない。所得税法においては、基準日(各年の一二月三一日)を設けて、その日を基準として画一的に扶養親族に該当するか否かを決めることとしているから、認知に遡及効を認めることを予定していない。

したがって、原告の平成三年及び平成四年の各年分の所得税について、恵理に関する扶養控除を認めることはできない。

(三) 医療費控除は、一定の要件の下で、配偶者その他の親族に係る医療費について、社会保険料控除は、一定の要件の下で、配偶者その他の親族の負担すべき社会保険料について、それぞれ認められるものであるところ、ここでいう「配偶者」とは、婚姻の届出をした民法の規定による配偶者を意味するから、原告の平成三年及び平成四年の各年分の所得税について、正愛に関するこれらの控除を認めることはできない。

第三証拠

証拠については、訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

第四当裁判所の判断

一 〈証拠略〉によると、原告の平成二年ないし平成四年の各年分の総所得金額は、右第二の二(争点)の1(被告の主張)の(一)ないし(三)の各〈1〉のとおりであること、右第二の二(争点)の1(被告の主張)の(一)ないし(三)の各〈2〉の各所得控除をすべきことが認められる。

二 そこで、右第二の二(争点)の2(原告の主張)の(一)ないし(四)の各所得控除が認められるかどうかについて判断する。

1 配偶者控除及び配偶者特別控除

所得税法は、一定の要件の下に、配偶者を有する者について、配偶者控除及び配偶者特別控除を認めている。所得税法は、ここでいう「配偶者」について定義規定を置いていないが、身分関係の基本法たる民法は、婚姻の届出をすることによって婚姻の効力が生ずる旨を規定し(七三九条一項)、そのような法律上の婚姻をした者を配偶者としている(七二五条、七五一条等)から、所得税法上の「配偶者」についても、婚姻の届出をした者を意味すると解すべきことになる。

また、後記のとおり、事実上の配偶者を有する者について配偶者控除及び配偶者特別控除を認めないことが憲法や国際人権規約に反するということはできない。

配偶者に該当するかどうかの判定は、基準日(各年の一二月三一日)の現況による(所得税法八五条三項)ところ、正愛は、平成二年ないし平成四年の各年の右基準日に配偶者ではないから、原告の平成二年ないし平成四年の各年分の課税所得金額の算出に当たって、配偶者控除及び配偶者特別控除をすることはできない。

2 扶養控除

所得税法は、扶養親族を有する者について、扶養控除を認めている。「扶養親族」については、所得税法二条一項三四号が、「居住者の親族」で、「居住者と生計を一にするもののうち、合計所得金額が三五万円以下である者をいう。」と規定している。所得税法は、ここでいう「親族」について定義規定を置いていないが、身分関係の基本法たる民法が「親族」の範囲を定めている(民法七二五条)から、所得税法上の右「親族」は、民法上の「親族」を意味すると解すべきことになる。

そして、民法は、嫡出でない子について、父子関係は、認知によって生ずるものとしている(民法七七九条)から、原告と恵理との父子関係は、原告が平成五年一二月九日に恵理を認知したことによって生じ、恵理は原告の「親族」となったというべきである。

民法七八四条は、認知は、出生時にさかのぼってその効力を生ずると規定しているが、この規定は、認知があった以上、子の出生のときから法的な親子関係があったとするのが自然であるとの身分法上の配慮から設けられたものであって、所得税法上においても、直ちに同様の遡及効が認められると解することはできない。所得税法においては、基準日(各年の一二月三一日)を設けて、その日の「現況」を基準として扶養親族に該当するか否かを決めることとしている(所得税法八五条三項)が、その趣旨は、徴税の便宜上画一的にその日を基準として扶養親族に該当するか否かを判定する趣旨であるというべきであるから、その日までに認知がない以上、後に認知がされたからといって所得税法上も遡及的に扶養親族に該当するものとすることはできない。

また、後記のとおり、事実上の配偶者との間で出生した子について扶養控除を認めないことが憲法や国際人権規約に反するということはできない。

したがって、原告の平成三年及び平成四年の各年分の所得税について、恵理に関する扶養控除を認めることはできない。

3 医療費控除及び社会保険料控除

医療費控除は、一定の要件の下で、配偶者その他の親族に係る医療費について、社会保険料控除は、一定の要件の下で、配偶者その他の親族の負担すべき社会保険料について、それぞれ控除を認めるものである。所得税法は、ここでいう「配偶者」について定義規定を置いていないが、所得税法上の「配偶者」についても、婚姻の届出をした者を意味すると解すべきことは、前示のとおりである。

また、後記のとおり、事実上の配偶者に係る医療費や事実上の配偶者が負担すべき社会保険料について控除を認めないことが憲法や国際人権規約に反するということはできない。

したがって、原告の平成三年分の所得税についての正愛に係る医療費の控除並びに原告の平成三年及び平成四年の各年分の所得税についての正愛の負担すべき社会保険料の控除を認めることはできない。

4 憲法及び国際人権規約違反について

(一) 憲法二四条一項は、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立すると規定するが、婚姻の方式として届出を要するとすることは、要件の欠けた婚姻の発生を防止するとともに婚姻の成立を公示するための制度として、十分に合理性を有しているということができるから、憲法二四条一項は、法律が婚姻の方式として届出を要するものとすることを妨げるものではない。また、憲法二四条二項は、家族に関する事項に関しては、法律は、個人の尊厳に立脚して、制定されなければならない旨を規定しているが、婚姻の方式として届出を要するものとすることには、右のとおり十分な合理性があるから、原告の信条に反するとしても、個人の尊厳を侵すものではない。

(二) 憲法一四条は、不合理な差別を禁止する旨の規定であるところ、法律が婚姻の方式として届出を要するとすることには、右のとおり十分な合理性があり、婚姻の届出をした配偶者やその者との間の子を有する者について配偶者や子に関する所得控除が認められ、婚姻の届出をしていない事実上の配偶者やその者との間の子を有する者に右所得控除が認められないとしても、そのことは右のような婚姻の方式に届出を要する制度をとった以上やむを得ないことであるということができるから、それをもって不合理な差別ということはできない。

また、憲法二五条は、一項において、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すると規定し、二項において、国の責務として、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない旨を規定する。

しかし、婚姻の届出をしていない事実上の配偶者やその者との間の子を有する者に、配偶者や子に関する所得控除を認めなくとも、直ちに健康で文化的な最低限度の生活を営むことができなくなるわけではない上、婚姻の届出をしていない事実上の配偶者やその者との間の子を有する者に配偶者や子に関する控除が認められないことは、右のとおり合理性を欠くものではない。したがって、憲法二五条に違反することはない。

(三) 国際人権規約(B規約)二三条一項は、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」と規定しているが、この規定は、事実上の婚姻による家族についても、婚姻の届出をした夫婦とその子と同じ地位を認めなければならないとの趣旨が含まれているとまで解することはできない。したがって、婚姻の届出をしていない事実上の配偶者やその者との間の子を有する者について、配偶者や子に関する所得控除を認めないことが、右規定に反するということはできない。

三 よって、原告の平成二年ないし平成四年の各年分の課税所得金額は、右第二の二(争点)の1(被告の主張)の(一)ないし(三)の各〈3〉のとおりであり、所得税額は、右第二の二(争点)の1(被告の主張)の(一)ないし(三)の各〈4〉のとおりであるということができる。また、原告の平成二年ないし平成四年の各年分の申告は、過少であったということができるところ、過少申告加算税の額は、〈証拠略〉によると、右第二の二(争点)の1(被告の主張)の(一)ないし(三)の各〈5〉のとおりであることが認められる。

第五総括

以上の次第で、本件の請求は、いずれも理由がないので、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡久幸治 森義之 岩松浩之)

【参考】第二審(名古屋高裁 平成七年(行コ)第二一号 平成七年一二月二六日判決)

主文

一 本件控訴を棄却する。

二 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一 控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が平成五年一一月二六日付けでした控訴人の平成二年分ないし平成四年分の所得税の各更正のうち申告額を超える部分及び各過少申告加算税賦課決定(平成二年分については、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二 被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

原判決一二頁四行目から同九行目までを削除し、同一〇行目「〈2〉」を「〈1〉」に、同一三頁四行目「〈3〉」を「〈2〉」に改めるほか、原判決「事実及び理由」欄第二の記載と同一であるから、これを引用する。

第三証拠

本件記録中の原審における証拠に関する目録の記載を引用する。

第四当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであると判断する。その理由は、以下のように付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」欄第四の記載と同一であるから、これを引用する。

一 原判決二〇頁五行目から同末行までを削除する。

二 同二一頁初行から同七行目までを次のとおり改める。

「(一)憲法一四条は、不合理な差別を禁止する旨の規定であるところ、民法が婚姻の方式として届出を要するとすることは、要件の欠けた婚姻の発生を防止するとともに婚姻の成立を公示するための制度として、十分に合理性を有するものであって、所得税法がこれを前提として、婚姻の届出をした配偶者やその者との間の子を有する者について配偶者や子に関する所得控除を認め、婚姻の届出をしていない事実上の配偶者やその者との間の子を有する者に右所得控除を認めないとしても、そのことは右のような婚姻の方式に届出を要する制度をとった以上やむを得ないところであるから、これをもって不合理な差別とし、憲法一四条に違反するものということはできない。」

三 同二二頁五行目「(三)」を「(二)」に改める。

第五総括

よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 水野祐一 熊田士朗 岩田好二)

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